映画「太陽がいっぱい」や「冒険者たち」に出演し、その類稀な美貌と
演技力で「二枚目スター」の代名詞だったフランスの俳優アラン・ドロン
さんが8月18日、88年の生涯を閉じ、彼岸へと旅立ちました。
これまでの功績に対し、世界中から追悼の声が寄せられていますが、
フランスのマクロン大統領はX(旧ツィーター)で「映画を通じて世界中に
夢を与えてきた。単なるフランスの映画俳優ではなく、フランスの象徴だった」
と哀悼の意を表しました。
私は10代の思春期に映画館で「太陽がいっぱい」を観て、鮮烈な印象に
打ちのめされた事をよく覚えています。
フランス映画の全盛期でしたね。
その映画のポスターを張り付けておきます。
アラン・ドロンさんと映画「太陽がいっぱい」とは?
1965年に公開されたルネ・クレマン監督のフランス映画「太陽がいっぱい」で
貧しさから劣等感を募らせて殺人へと至る人間の心の闇を、当時25歳のアラン・
ドロンさんが影を感じさせる鮮烈な演技で高く評価され、主題歌も大ヒットを
記録しました。
甘いマスクだからこそ感情を抑制した無表情が酷薄で、憂いを秘めた目力の
強さがミステリアスな魅力になっていました。
この映画は、アラン・ドロンさん以外では成し得なかったと言われ、半世紀
以上経った現在でも、その魅力は色褪せることはありません。
YouTubeでも鑑賞できますので、ぜひ、ご覧ください。
アラン・ドロンさんの私生活は?
1935年、パリ近郊のソーで生れたアラン・ドロンさんは両親の離婚後、
わずか4歳で里子に出され、親の愛情を知らずに成長しました。
「ル・パリジャン」紙やフランス・TVのドキュメンタリーによると、
アラン・ドロンさんは若い頃から華麗な恋愛遍歴を重ねながらも感情を
制御しづらい面があり、口より先に手を出し、けんかになるなど粗暴な
一面があることを明らかにしています。
アラン・ドロンさんの内面に抱えていた満たされない気持ちが「怒り」に
変わり感情が不安定になることが多く、浮き沈みのある私生活だったようです。
晩年、ある雑誌のインタビューで、俳優という仕事について「演じるのでは
なく、役を生きてきた。俳優という仕事に自分自身を没入し、役を生きること
で私は救われた」と語っています。
アラン・ドロンさんと日本人女性について
アラン・ドロンさんの晩年のパートナーは、日本人女性のヒロミ・
ロランさん(66歳)です。
ところが、2023年7月、アラン・ドロンさんの3人の子供たちから、
17年間も同居していたアラン・ドロンさんの邸宅から力ずくで
追い出されたという記事を読みました。
家庭内のゴタゴタが白日の下に晒され、フランスでも大きな話題と
なったようです。
アラン・ドロンさんの晩年は健康状態が悪化し、2019年8月に卒中を患い、
療養生活を送っていました。
長年寝たきりの彼に尽くしてきた内縁関係のヒロミ・ロランさんに対し、
彼の3人の子供たちから「父を虐待している」などとして刑事告訴されて
しまうのですが、後に不起訴となっています。
家族からは「侍女」と呼ばれ、パートナーとして認められなかったと
言われています。
その結果、家を追い出されてしまうのですが、これには資産300億円と
もいわれるアラン・ドロンさんの「資産」を巡る相続争いがあるよう
です。
その後、ヒロミ・ロランさんはどうなったのでしょうか。
何だかとても案じられますね。
アラン・ドロンさんは、一生、心の奥底に孤独を抱えたまま癒されず、愛を
求め続けてきた人生だったように思えます。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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